ドイツのフイルム
先日、愛用のライカM5に
フイルムを詰めていたところ
隣にいた若者が驚いた顔をしました。
SDカードではない物体が
見たこともない歯車の中を
すり抜けていく様を
異様に感じたのでしょう。
どうやらこの若者が物心ついた時、
すでに銀塩写真機の世界は終焉を
迎えていた様子です。
彼は古式火縄銃を見るような
目つきで職人技とも言える
私の素早いフイルム装填を
眺めていましたがやがて飽きたのか
ケータイを取り出すと口をとがらせ
呆けたような顔で親指を動かし、
メールチェックを始めました。
発明後百年の歴史を持つ
銀塩写真機。
熟成され完成の域に達したと
思ったところにデジタルの波が押し寄せ、
歴代の旧式艦隊はあっという間に
駆逐されました。
オーディオでもクルマでも
茶道具が白物になる瞬間は
いつも一瞬ですね。
数千枚の乱写が可能なデジカメと違い、
36枚ごとにパトローネ交換を
しなければならないアナログ写真は
今となっては確かに不便と思います。
しかし、だからこそ
常に緊張感が漲るわけです。
レリーズを押す度に
フイルムの光化学反応が起るのは
実にファンタスティックかつ
取り返しのつかない行為なので
いやが上にも心拍数が上昇しますが
実をいうとこの一連の
作業の意味はそこにはありません。
無我夢中の無意識の最中、
撮影者の研ぎ澄まされた五感は
複雑な状況を脳髄に記録し、
フイルムに焼き付けられた光景を
補完することになるのです。
故に得られた一枚の紙焼きは
過去にタイムスリップする
遠い記憶行き列車の
乗車切符となります。
光景だけでなく
音や匂いが満ち溢れ
さらに目を閉じれば
懐かしい過去は現在に向かって
動き始めることでしょう。
フイルム写真のアドバンテージは
こんな精神世界の中にこそ存在します。